宮崎 秋の夜(宮崎)

PICT1406s_20121105011816.jpg

何を移動させているのでしょう? 夜行といっても宮崎発はないし、
時間的にコマはこのあと夜行座席確保で都城のC58を駅撮りしています。ですからそんなに遅くはないと思います。
あとで調べてみましょう(^^)



PICT1408s_20121105011815.jpg

手前ではC57117が火床整理中です。
北向きとは、これから何の仕業でしょう?それとも都城からの戻りでしょうか?
ちょっと気になります(^^)

昨日は眠くて昼間もやる気無し、宵寝で鉄UPサボっておりました(笑)本日も無理矢理ネタで失礼を(^^)
昭和48年11月 宮崎


それぞれ上の写真の拡大です


PICT1406sa.jpg


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コメント

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Re: タイトルなし

青列車 様
いつもありがとうございます。
10系というのですか、これらの客車を見ていますと大阪駅夕方のラッシュ時にホームに溢れた人々を眺め一人ガラガラの車内で「皆さんご苦労様です」と九州に旅立った日を思い出します。
もっと大阪駅でのスナップを撮っておけば良かったかな?と様変わりした大阪駅を見ては思います(笑)

C57117にエスコートされるのは10系ナハフ+ナハ+ハネ(流石にオハネ12・スハネ16・オハネフ12のいずれであるかまでは判別できませんでした)ですね。日豊本線系統の長距離急行となると当時は「高千穂」・「日南」辺りでしょうか?もっとも当時は既に「高千穂」にはロネもハネもなく、日南3-1号とも編成が違うようですね。或いは…門司港~西鹿児島間の「みやざき」の宮崎回転車でしょうか?
いずれにしても気になる編成ですね(^^)

Re: C57117の終焉

ノカキク様
日南3号も何本か撮っています。117はなかったと、門デフの日南3号はどうだったか?行き当たりばったりで記録していませんので即答は。。。。(汗)
日豊本線の「さよなら」の時はレギュラーのSLも行ってももう走ってないだろうと勝手に決めて生きませんでした。ですからいつ終わったかも知りませんでした。その時はもう北に気持ちが移っていました(薄情な)でも旅費を貯めなくては。。。。

C57117の終焉

昭和49年3月31日の配置表ではミサキクに健在でした。私はこの頃あまり鉄路に近づかなかったのですが、例えばC6118が10月に火を落とし、日南3号のブームの頃、117が牽引した写真をあまり見たことがありません。さよなら運転の時はC57169とC57130の重連でしたし、生きていればC57117にお鉢が回ってきそうなものです。

Re: 秋の夜長の117

ノカキク 様
ハンプがありましたか?気づきませんでした。それにそんな事故もありましたか?知りませんでした。
そういえば嘗ての基幹駅は皆高架になりましたね。昔から地上駅で残って居る大きな駅は京都だけになりましたね?
C57117は無煙化前に消えてしまったのですか、昭和48年4月12日ということは私が始めてSL旅行した最初の時です。まだ罐の記録も知らず形式入り等の良さも何も知らない時でした。S48年の3月が泊まりがけ最初でした。慣れた頃には有名撮影地各地で蒸気か消えていましたね。もう少し早くでかければ良かったのですが学業が×で(笑)
それにしてもバラされて散らばって行くとは淋しいというか無意味ですね?格好良かったのに、残念ながら走行シーンに出会えませんでした。宮崎駅でのスナップだけです。
http://eyeyan.blog71.fc2.com/blog-entry-126.html

秋の夜長の117

一枚目の写真は、客車線から牽きだしている姿でしょうか。以前はセムを押し上げるハンプがありました。よって、ホームからの見通しが悪く、三脚を立てて撮影中の方がC57に撥ねられる痛ましい事故がありました。貝島炭坑の事件よりも早かったのではないでしょうかね。それからミサキクの撮影が難しくなったと記憶しています。それにしても地上駅の大らかさ、開放感。すばらしいです。宮崎も特徴ある駅でしたが、高架になって、旅情が薄れたような気がします。C57117は、言わずとしれた本邦最後のSLお召し牽引機ですね。きれいに磨かれて日向路を走り、昭和48年4月12日、延岡まで走ったのがSLお召し列車の最後でした。そんなC57117もよく見れば、ボイラーの正面に傷がありまして、磨き過ぎじゃ、とか、もうあまり持たんとじゃねえか。など記事に書かれたことがあります。そんなの関係ないとばかりに、沿線にファンが集まったものの、あいにくの天気で、山之口~田野の雨景色で撮られた方が多いようでした。最終日の美々津の大鉄橋や、五ヶ瀬川、延岡駅のホームの写真など、美しいものを見ることが出来ました。私は、遠くから練習運転のバック引き上げを見た程度でしたけど・・・。そんな117もプレートと動輪を小林市や都城市に残すのみで解体されました。プレートは交通博物館でも売られ、個人の方が所有してられますね。同じ体のものをバラバラにして飾るというのも、県北高千穂の鬼八伝説ではあるまいに、と一人腐ったこともあります。もっと大事にして欲しかったですね。
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郷愁紀行

Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★著作権は放棄しておりません】
2011年1月開始

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