まるでモデルのようなD51(南延岡)

宮崎で撮ったあと北へ進みます。昼間の延岡以北はほとんど撮っていませんでした。いつも夜行「みやざき」で通m過ばかりでした。延岡以北でも蒸気機関車は通っていました。日豊本線の難所といえば霧島越えと宗太郎越え
蒸気機関車もDF50も苦しみながら上がっていってました。コメント頂いておりますノカキクさんの情報ではED76も偶にエンストするみたいです。そんな南の峠越え、ここでもD51は頑張っていたようです(^^)


PICT1608s_20121027200430.jpg

こうやって見ると綺麗な形のD51ですね。後ろに写っている建物何だったんでしょう?一度だけこの南延岡の待ち合いで下り「みやざき」待ちしました。その時何かの工事でトンカントンカンと喧しかったことだけ覚えています。また寒さもあり何でここで降りたんやろ?と気持ちがちょっと萎えてました。(笑)


ナメクジもおりました。こちらも格好いい! よ~く見たらナンバープレート前にはみ出てますね?珍しい。
 反対側は 。下の続きにあります

PICT1606s_20121027201136.jpg

昭和49年2月 南延岡機関区

もう少し書きたいのがありますので また後程(^^)


PICT1607s_20121027201135.jpg
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Re: ED76空転の訳

ノカキク様
宗太郎越えで一冊作れますね?それにしても鉄道好きには堪らない話です。鉄道誌には飛びつくような話で(^^)貨物でもドンツキ音あれが好きでたっぷりと録音できなかったのが悔しいです(笑)今も貨物で偶に遭遇しますが写真に撮ってもその音が表現できないのが残念です。

Re: 小屋の正体

ノカキク様
扇動庫を代用しなかったのですね?将来に向けて建設でしたか。
>D51485は郷愁紀行様のあの有名なDF救援で活躍したカマですね。
そうか、気づきませんでした。縁があったんですね。今も保存されていますか?運が良かったんですね。いつか行ってみたいです。


ED76空転の訳

すみません。言い忘れました。以前、タキを連ねた貨物がありましてね。それが宗太郎を越えて新田原基地のそばの日向新富駅まで走っていたんですよ。ところが峠で一度でもどんつきのような衝動があると、ジェット燃料がたっぽんたっぽん揺れ始めまして、だんだん大揺れになっていく。そして機関車を後ろへ引っぱるんです。あげくのはては空転です。お化けナメクジD5123などは改造で軽くなったので、重岡の坂で1時間も空転しましたし、ED76などは空転すると2万ボルト(本当は22000Vらしい)が一気に線路へアースします。そうなれば、レールに溶接痕が残り、保線区員を怒らせました。今でも、電気機関車の発車を見れば、たまに電気がレールに落ちるシーンを見ることができます。リバイバル富士を撮影中、見事にそれが写っていました。

小屋の正体

D51485の後ろの建設中の小屋は、DE10ディーゼル機関車の検修庫です。8620の代わりに2両のでぃとう(国鉄式の呼び名)が配属されました。152、153号機です。リミッターが付いていませんでしたので、五ヶ瀬川の鉄橋をばんばん走りましたよ。D51485は郷愁紀行様のあの有名なDF救援で活躍したカマですね。延岡市で大切に保存されています。保存活動は大変だったんですよ。こぼれ話はまた今度。
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
カウンター
プロフィール

郷愁紀行

Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★著作権は放棄しておりません】
2011年1月開始

最新コメント
リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR