夏の紋別から渚滑へ(渚滑)

紋別続きます、1692レの追いかけです(^^)。
遠軽から来た630D名寄行き14:41に乗り隣の渚滑へ14:48、
そこには先ほどの1692レが14:22~15:15が入れ替え待避中でした。
そして発車風景を、ゆっくり動きますので数 撮れました。(右が渚滑線)
駅舎とかを見たかったのでちょっとトリミングで大きくしてみました。

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昭和49年夏
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このあとどうしたのか、たぶん遠軽、北見に戻り定宿の急行「大雪 号」に乗り岩見沢に向かったと思います。
ちなみに列車泊に慣れますと下車駅5分前になると必ず目が覚めていましたね(^^)
降りる時間が身体にインプットされていたようです(笑)しっかり1ボックス占領してL字型になって寝てました。もちろん最後部もしくは最前部の自由席ですのでガラガラでまさに自由席でした(笑)

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Re: タイトルなし

mack様
> 僕も昔は夜行が定宿でした。
そうでしたか、あれはやり出すと宿に泊まるのがばからしくって、暖房もあるし、おきれば目的地こんなに時間の有効利用出来る事ってありませんでしたね、社会人になってから会社持ちで「銀河」に乗りましたがまったく眠れませんでした。下段で窓から夜景が見られたからOKだったのですがね。あの停車時のドンツキはベットでは慣れませんでした。やはり座席に座るか、足を投げ出すかですね?やはり1box占領の優越はなんとも言えません(笑)

僕も昔は夜行が定宿でした。四国では、高松駅を00:00前後に土讃線方面行き快速と予讃線方面行き急行が出ました。共にキハ58系で、快速はグリーン車が開放されるので、そこだけ長蛇の列が出来てましたが、キハでは1BOXはもちろん、他のボックスからシートの座面を外して来て簡易ベッドをこさえて寝てました・・・しかも車内の蛍光灯も勝手に消して。
車掌が回ってきても「ちゃんと直しとけよ~」と言うだけ。

良い時代だったな~・・・
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Author:郷愁紀行
現役蒸気機関車晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしデジカメを持った途端また写真に目覚めました!CANON:SX110ISから現在はニコンD3200に◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化しては青春時代を思い出しております。ただ大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
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2011年1月開始

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