昔の時刻表から思い出を

長門市のD51写真からコメントを頂きありがとうございました。もう少し話を広げてみます(^^)
山陰本線と言いますと私には京都から出る線を真っ先にイメージしてしまいます。でもSL定期があった頃は私自身の環境が許されず撮りに行けませんでした。 斜め光線で色彩の濃い早朝の通勤列車が撮りたかったです。そんな無念を晴らす意味で、同じ山陰本線は西の端で望みを叶えます(^^) 写真は過去ログで既発表しておりネタがありませんのでこんな画でお茶を濁させてもらいます。(^^)

03山陰浜田下 鉄道弘済会発行S48年3月号

毎時のD51牽引の下関行き、周遊券の範囲が下関まであればもっと好きな構図の写真が撮れたのになぁと。。。。。
当然夕方以降の夜の帰りの列車も同じ本数だけ出ていましたね。
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Re: 福知山機関区の方のお話は

スミノエ様 ご連絡ありがとうございます。早速注文しました。福知山の機関士さんのお話非常に興味あります。ひょっとしたら私の写真に写っているかもです。そしたらお分けしたいですね(^^)中山寺駅では私を見かけてサービスでプシュして下さった機関士さんもおられました。嬉しかったです。
今なら部外秘情報ですが教えた下さった駅員さんにも報いるためにも何とか記録として残したいです。
内部の人でもやりたくても撮影も録音もできなかたでしょうからせめてもお役にたてればと、日常の記録を残しました。

福知山機関区の方のお話は

郷愁紀行様

「SL甲組の肖像3」というムック本はご覧になりましたでしょうか? 以前雑誌に連載された記事をまとめたもので、ここには豊岡機関区/和田山支区及び福知山機関区の元機関士さん方の談話が掲載されています。もちろん福知山線についても語られています。臨時列車については触れられていませんが、1972年7月31日に撮影された八鹿駅を通過する豊岡機関区のC57156号機牽引12系臨時客車列車の写真が掲載されています。

Amazonを覗いてみますとまだ新品の取り扱いもありますし、中古品でも「非常に良い 」ものが999円や1000円で出ていました。

Re: 「S46年のC57の牽く臨時スキー列車がどこまで行っていたのか」について

スミノエ様 【追記】今日再度調べ直しましたら 落札した時刻表は一年後でした。うっかりしてました。それでもそんなに変わりはないだろうと思っていましたが
列車名が だいせん銀嶺にそれに時間も30分ほど早くなっています。また毎金土になっていてあれは毎土で金はありませんでした。70年1か2月号でないと駄目だったんですね。ショック😢豊岡機関区の記事楽しみに待ちます。

Re: 「S46年のC57の牽く臨時スキー列車がどこまで行っていたのか」について

スミノエ様 情報ありがとうございます。早速ネット注文しました(^^)この号は知っていましたが豊岡機関区特集とあってのでスルーしていました。そういえば八鹿や。。。スキー場の先は豊岡機関区ですものね、うっかりしていました。
>急行を含む臨時列車牽引を担当している。
嬉しいです。こういう記事紙面で見たことがなかったので、先月ネットで「J train]春号#65に福知山車掌区OB座談会の記事があり何か手掛かりにと思い購入しましたが。。。。武田尾を行く旧型客車DD51客レの写真が値打ちでした。
機関士さんの話の方が失礼ながら私には値打ちあります。これで今までの疑問が解氷しそうです(^^)

>鳥取の梨輸送列車
これは福知山のD51が牽いていて三田ー大阪を吹一の機関士さんが担当でした。これをほぼ毎日駅に行っては録音していました。当然C57の臨客ものもです。早く公にしようと思いつつ。。。 ライフワークにするつもりなんですが(-_-;)

写真の方もHP作っていたのですが無料サイトでしたのでそこが廃止になり削除されました。再構築したいのですが面倒で。。。。まぁ気力の問題なんですが。。。

忘れてました。偶然というか先日71年2月の時刻表落札しました。スキー列車があったので、小型版ちょっと系年経過あったので競争相手なかったのかも、でも私の思い違いが見つかりました。そしたらそれは何?かと次の疑問が豊岡の機関士さんの記事楽しみに待ちます(^^)

「S46年のC57の牽く臨時スキー列車がどこまで行っていたのか」について

郷愁紀行様

今日、本屋に行くと「蒸気機関車EX Vol.29」が発売されていて、豊岡機関区・和田山支区のC57について詳しい記事がありました。その中に「1970(昭和45)年12月から翌年1月にかけての年末年始には福知山と豊岡の間で、豊岡機関区のC57が延べ7運用、福知山機関区のC57が延べ9運用設定され、急行を含む臨時列車牽引を担当している。」と記されています。少なくとも豊岡までは行っていたのではないでしょうか?

また福知山機関区のC57は、郷愁紀行様のお写真(1972年8月に撮影された)にもある通り、定期運用を失って以後も1972(昭和47)年10月まで在籍していて臨時列車や鳥取の梨輸送列車などに備えていたとあります。
以前発売されていた「国鉄時代vol.43」の「福知山機関区のC57は1972年3月に使命を終えた」の記述はやはり間違いでしたね。

Re: SLマーク入り時刻表

スミノエ様 私が行った時はもうC57はいませんでした。C5741も宮崎に転属になっていて福知山からいきなり宮崎で再会しました。C57も関西から山陰そして九州へ、さらに130のように北海道へ延命した罐もいましたね。あの当時は会計検査院さまさまでした(爆)

> この弘済出版社のSLマーク入りの時刻表:福知山線にまだ定期のC11やC57牽引の客車列車
本当ですか、そのころからあったのですか?当時本屋にはJTBのしか並んでいませんでした。大阪まで出て初めて気づき買ったと思います。 ヤフオク見ましたが桁が違いますね、そこまで出してと(笑)一番気になるのはS46年のC57の牽く臨時スキー列車です。C57でどこまで行っていたのか?これが知りたくて、死ぬまでに分かればなんて(笑)心残りです。

SLマーク入り時刻表

私が行った一年前はこんなにも客車列車があったのですね。この頃行けていたら、客車添乗録音だけでなく、走行写真の撮影もしていたと思います。また長門市以東浜田や米子近辺はC57の客車列車も残っていたのではないでしょうか?
私たちが行った1974年8月には、益田駅構内にナンバープレートを外された数両のC57の廃車体が留置されていました。

この弘済出版社のSLマーク入りの時刻表は、本当に貴重ですね。弘済出版社に伺ったところ、このSLマークは1967年(昭和42年)2月の総合時刻表から始まったそうです。ですから、福知山線にまだ定期のC11やC57牽引の客車列車が残っていた頃です。数年前ヤフーオークションに出ていたいくつかを落札しました。まだ近畿地方にもずいぶんSLマーク入りの列車が掲載されています。その時は1000円程度でしたが、最近はかなり高額になっているようです。
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Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
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