山陰本線長門市にてD51客レ

話題の瑞風が今夕出雲市を発って山陰本線周りで京都大阪に戻るとか、夜行列車就行を記念して過去記事とダブりますが再掲載させてもらいます。
ただ山陰本線の夜行といっても夜行列車には短い距離なので昔も今も途中駅で運転停車をして時間調整するのではないかと思います。
国鉄時代にあった周遊券で山陰の場合は夜行が急行「さんべ3号」でいつも米子発21:48→長門市03:54着の西行きばかり利用していました。東行きは時間つぶしに無理があったのか利用していません。理由は思い出せませんが時刻表を見れば分かるかと。もう40年以上昔になりましたものね。アンチエイジングで頑張らねばなりません!

 過去ログのこの一番列車が行った後 2番まで30分程ありますので町外れの海の見える鉄橋まで歩きました。これが早朝夜行明けの浜田長門市での定番コースでした。といっても2回だけですが、周遊券の有効範囲が下関まであれば下関発の夜行にも乗れてもう少し幅広い余裕のある撮影ができたのですが宿をとらずに夜行ばかり利用するとなると限られてしまいました。


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ちょっと気になり拡大してみました。機関車の車番にサボ無理でしたね、ネガはこれをスキャンした時よりももっと退化していると思います。経年経過に強いのがコダックだなんて当時認識ありませんでした。とりあえず今見れたら、先の事は知らず値段優先でした(汗)

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q632v.jpg 自分が録音したSLの音にしろ写真にしろそれを見れば頭はその時に戻っていす。昔は良かったなぁって。 年寄り臭くなりました(笑)

昭和49年 5月23日 浜田市 長門市 すみません何を考えていたのかボケてしまってました(-_-;) 時刻まで書いてるのにそれも気づかず。あ~お恥ずかしい。
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コメント

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Re: 山陰へは

スミノエ様  早速のコメントありがとうございます。 出かけられたのが8月の繁忙期だったんですね、それで座席確保に、私の場合は大学でしたので休みはそれこそ好きなときに取り放題というか、空いてる季節に出かけていました。いつも高千穂+桜島で九州行きでした。最後尾の自由席は空きだらけでゆったりと、未だに覚えているのが三ノ宮の駅で帰宅のサラリーマンを窓からご苦労様ですと眺め、岡山で夜も更けた人影のないホームをガタンとドン突きしながら停車&発車していく動きが思い出されます。このどん突きは環状線と湖西線の緑の電車で久し振りに味わいました。でも優しい衝撃であの客車のガタンゴトンには程遠いです(笑)
そうか周遊券外は普通切符を買えば北九州に入れたんですね。うっかりしてました。

> 岡見から三保三隅にかけてのあの美しい海岸線
これがまったく記憶にないのです。残っているメモには三保三隅 XXX列車XXXX時と書いてあるのですが一度きりしか行かなかった山陰なので松江、折居、長門市以外は忘れてしまって残っている写真が何処かさっぱり思い出せません。若いときは忘れる訳ないと思っていたのですが老化は恐ろしいです(笑)

山陰へは

郷愁紀行様

私達は、急行「天草」に乗り、厚狭で下車しそこから美祢線で長門市に上がりました。なぜ「天草」なのかですが、14両編成中自由席が7両もあったことと、京都始発なので座りやすいと思ったからです。もちろんわざわざ始発の京都まで行って早くから並んでいました。案の定、新大阪や大阪から乗車していたら座れなかったところでした。美祢線のディーゼルカーが長門市駅に近づき機関区に待機するD51を目にした時の嬉しさは忘れられません。
長門市から九州への往復は普通乗車券を買いました。

マイオさんがコメントされている岡見は、私も行きました。エメラルドグリーンの美しい海が素晴らしかったです。一緒に行った6人は3人ずつ分かれて撮影したのですが、もう一方のグループの1人が、暑さに耐えかねて海水パンツを持参していなかったので、素っ裸で海水浴をしたそうです。彼は特に蒸気機関車が好きだから来たのではなく、みんなで旅行するのが楽しそうだからと、ついてきた奴でした。興味がない者からすると炎天下で蒸気機関車が来るのをじっと待っているのが退屈なのでしょうね。ですから、中学卒業時に北海道へ撮影に行った時には、同行はご遠慮願いました。

岡見から三保三隅にかけてのあの美しい海岸線は今は発電所が建設され、新線に切り替わってしまいました。本当に残念です。あの美しいエメラルドグリーンの海岸線を、「瑞風」が走っていたらどんなに素晴らしかったことでしょうか。

2015年に発売された「蒸気機関車EX」の21号と22号に当時の長門機関区についての詳しい記事が掲載されていました。最後に在籍した全機のプロフィールや乗務員の方々の座談会、また東武鉄道に譲渡される前の転車台の写真など、たいへん嬉しく拝見しました。

Re: 長門市と「さんべ3号」の思い出

スミノエ様 罐番に関して私はほとんど思い入れがなくって、何度もお目に掛からない限り物覚えが悪く私は覚えられませんでした。(笑)そうやって印象に残る罐があって良いですね。長門市の機関区は当時もう何処も立ち入り禁止だと思い込み、申請とか交渉で労力を使うのが面倒で鼻から諦めていました。
昨日Gマップ見ましたらターンテーブルの円い跡が残っていました。大概整地され更地になってると思っていました。

> この頃はもう客車列車は一往復しか残っていなかったので、
そうでしたね九州地区もなくなり撮影効率が悪かったので私は初めての北海道へ行ってました。北はまだバンバン走っていましたので九州時代と同じように数撮っていました。

山陰本線も米子から東は記憶にありません。あるのは中学の水泳学校?で諸寄まで行ったことぐらいで途中の香住、鎧、竹野等々うっすらと景色が印象に残っているだけです。
今ふと気づいたのですが周遊券は西の端は長門市ですが確か下関まで行って東へ向かいましたがこれはオーバーランでは?最短距離なら小郡から山口線で上がらないと行けないのではないかと今思いました。行きも帰りも何処を通ったのか全く忘れてしまいました。

昼間の移動は「さんべ2号」と「はぎ」を利用していたようです。さんべ3号は自由席でこれまた何時ものようにワンボックス占領してL字型になって寝ていました。さすがに野宿する勇気はありませんでした(^^)

独り1人に楽しい思い出がありそれをお聞きすることでまた私もまた当時を思い出して懐かしくなります。この歳になりますと同じ趣味の方のお話が聞きたくなります。またお聞かせ下さい(^^)

Re: 連コメすみません

マイオ様 あ~そうでしたか、良かったです。もう当時の記憶は私もすっかり忘れてしまっています。
写真を見ても標識とか目立った景色でない限り記憶が辿り着きません。残念ですがしかたないですね。その性か今は記憶を呼び起こせるように景色優先で撮るようにしています(^^)

長門市と「さんべ3号」の思い出

中学時代の1974年8月に友人達と山陰本線の撮影に行きました。614号機や1054号機など関西本線で撮影したD51達に再会出来たのが嬉しかったです。特に614号機は折居や深夜の長門市での機関車交換でも撮影・録音でき、私の数少ない機関車との出逢いの中でも最も印象深い機関車です。機関車交換の撮影録音の後、屋台のラーメンを食べてから長門市駅前の芝生の上で寝ました。
この頃はもう客車列車は一往復しか残っていなかったので、早朝の下関行きに乗車して録音と途中駅での撮影だけしました。そのまま九州へ入り、田川線や後藤寺線を撮影後、小倉から「さんべ3号」に乗車しました。はじめは満員だったので先頭車両車掌室横の補助席に入りました。狭い中によく数人が入れたものです。そのまま米子まで行き、機関区と駅前に保存されていたD51を撮影、そして急行「白兎」で途中豊岡に残るC57128号機の廃車体を見ながら帰りました。
2年後、引退間近のDF50の撮影に行った時は益田駅横で野宿しましたが、ヤブ蚊のためにろくに眠れませんでした。

長門機関区に残っていた転車台が東武鉄道に譲渡されたとのことで寂しい思いです。

連コメすみません

そうか、長門市の黄波戸方でしたか!
ずっと益田?と思いこんでました。
実は、この深川川橋梁からもっと黄波戸方向に進んで、松林沿いを走る列車も撮影してます。それも益田?と思いこんで・・・
あーあ、ようやく真実がわかりました。

Re: 素晴らしい

マイオ様 ありがとうございます。数少ないまともなショットです(笑)それとご指示ありがとうございます。
直前に何かの記事を読んでそれが頭に残っていたようです。いやはや緊張感が緩んでいますね(-_-;)
長門市の駅撮りをしてから西へ歩いていてました。鉄橋渡りの最後のコマに”深川川”の立札が読み取れます。なんて読むんでしょう?
Gマップを見ましたら”ふかがわかわ”とありました。40数年後綺麗な幹線道路になっていますね。
松林の向こうに青い海、写欲が湧きます。行きたいな(^^)
駅泊は熊本と旭川そして南延岡でした。ここは小さな待合でただ一人2月の寒い中 体を丸めて寝ていました(笑)

素晴らしい

逆光に輝く煙、シルエットのD51。
うーん、美しい光景ですね〜
この後、海岸沿いに出るんですね。
最後のコマに松林と海が見えますね。

山陰の夜行は、私もさんべ3号なんですか、西行きにまず乗り、長門市あたりで時間をつぶして益田、浜田、江津に戻ってくるパターンでした。
これで体力を使ってしまい、岡見で駅寝したら一番列車を撮影するはずが発車の汽笛で目覚ましなんてことも。

どうでもいいことですが、これは浜田でしたか?私も同じ橋梁で撮影したコマがありまして、前後コマから益田の戸田小浜方の高津川橋梁だと思いこんでました。
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Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★著作権は放棄しておりません】
2011年1月開始

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