御坊に湯浅C58各停が待避す

久しぶりにアーカイブでお茶します(^^) 先日いただきましたC5788様のコメントのブログに刺激を受けまして未整理のファイルを繰ってみました。 
稲原、和佐、道成寺の先になります。紀勢本線紀伊田辺からの帰り和歌山方面行です。撮影は昭和46年3月ですので時刻表も残していなくて何処で何時何分にどうのこうのか分かりません。ですから列車番号はお許しを。何しろ昔の時刻表は高価になってますしそこまでしてと思っておりいます(笑)

それにしてもこのC58デフとデフの間が広いですね、真ん中にちょこんと真ん丸な罐蓋があって、子供の絵本みたいです。福知山線のC57ばかり見ておりましたのでこの天鉄局のC58にはちょっと見栄えがなぁと、あまりテンションが上がりませんでした(^^) 後年石北本線でのC58は景色もあるのでしょうが格好いいなぁと思ったりしました。この時代の関西圏のC58は排気音にしてもドラフトにしても写真写りが今一つ物足りなかったですね。(笑)通勤通学や生活に密着した列車を運転していたので生活感がありました。でもこれも京都山陰本線のC57ならまたC57に生活臭を感じたのでしょうかね?あ~撮りに行きたかったなぁ、京都は高校生の身にはお金も時間も遠かったのです。(笑)

PICT1746v.jpg

給水ホースが屋根を割ってあるびですね、御坊は観光名所もあり多客時に備え長列車用にホーム屋根も延びていたのでしょうね。今は高速道路も出来て全国何処も同じ傾向で列車利用も減ってしまったようです。


PICT1747v.jpg

天王寺行のDC急行に抜かれます。当時はあんな満員の列車に乗っていくなんて、こっちはガラガラで好きなところに座れるのに、なんていつも思っていました。

PICT1749s.jpg

こんどは下り特急が横を走っていきます。
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そして湯浅に到着、また長めの停車となりました。窓が開いていますね、ここに座って前方のC58を撮っていました。寒かったろうに窓を開けぱなしで汽車の音を楽しんでいました。(^^)

PICT1751v.jpg

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PICT1753v

このあと和歌山まで乗っていきました。その和歌山での撮影はこちらに続きます。
昭和 46年 3月 御坊、湯浅 C58234

紀伊田辺機関区で格好いいC57やD51を見て(C57は廃車扱いばかりでしたが)充実した時を過ごしました。無煙化前にもう一、二度 岩代から紀伊田辺機関区に行っています。それは既掲載です。
無煙化直前の紀伊田辺機関区 その① その② 
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コメント

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Re: No title

C5788様 お手数おかけしました。私が撮っていたのは昭和45年の2月でした。
46年も45年も同じスキー列車は走っていたと思っていました。
やはり大阪からだけでは乗客が少ないので神戸のお客も拾って行ったのでしょうね?
S46年は山陰線の京都着発も播但線もSLが残っていましたのできっと深夜のC57の生野越えが味わえたのでしょうね?ほんと”親孝行したい時に親はなし” ちょっと違うか?(笑)でも余裕が出来たときに恋人は居らずですね。

No title

郷愁紀行様

「はちぶせ銀嶺」のことですが、中山寺の後付け回送記事を拝見いたしました。

失礼しました。時刻表(S46.2)の1年前の福知山線経由のスキー臨だったのですね。

ちなみに、S46.2月の週末には、播但線経由大阪発江原行スキー臨(急行ではない)として、
大阪17:58発「かんなべ銀嶺2号」9621レ全指、
大阪20:19発「かんんべ銀嶺3号」9623D全指、
大阪23:10発「かんなべ銀嶺4号」9625レ全指が掲載されています。

多分、2号か4号はC57で生野越えをしていたのでは…。想像(妄想)がふくらみます。

Re: No title

C5788 様 
お調べありがとうございます。C57が牽いていた臨客は私が通っていた中山寺駅を 23:57に通過してたぶん宝塚も停まって八鹿とかあっちのスキー場―に深夜か早朝着いていたと思います。
夕方定期の後ろに付いて大阪まで行き夜こっちに戻って行ってました。この顛末はこちらに記載しました。

http://eyeyan.blog71.fc2.com/blog-entry-1488.html

はちぶせ銀嶺がDCであったということはC57のは「鉢伏銀嶺2号」だったのかもしれません。
もしそれが記載されてありましたら厚かましいですが何処まで行って何時着だったのか教えてくださいませんか?
この年は雪が少なく2月だけしか走りませんでした。単線腕木信号でしたので転轍機の音やら駅間のチンチンというあの機械の音も入ってもちろんC57の牽く音も良い音で残っているのですが、HPにしたいのですが面倒で十数年経ってしまいました。(^^; 人生悔いのないようにせねばという思いだけが!(笑)

No title

郷愁紀行様

臨時列車「はちぶせ銀嶺」のことを語られていますので、手元にS46.2の時刻表(ポケット版)が
ありましたので調べてみました。

それによると、福知山線経由の臨時列車は2本あり、「はちぶせ銀嶺」は、
江原行DC急(9717D:大阪19:40発)でした。

もう一本は、出雲市行「だいせん銀嶺」でPC急(6707レ:大阪22:50発)です。
これがC57牽引だったのでしょうか。

Re: No title

C5788 様  こんばんは、当時DPE代も写真屋頼みで写真代の方が旅費を上回っていたのでは?それゆえケチケチ旅行で何回も行けませんでした。姫路のC57、C11に未練もありましたが播但よりも紀勢、和歌山線が好きでした。
もっと行きたかったなぁ!
紀和のサボに違和感は合ったのですが切り離しでしたか?終点は絶対和歌山市だと思っていたのですがサボがこれなのでてっきり(笑)
この2年後のS48年3月の時刻表ではそれらしき列車が327レになって御坊14:52-16;34になっていました。
無煙化でダイヤも大幅に変わったのでしょうね。S46年の時刻表があればよいのですが謎のままです(笑)またS46年2,3月に福知山線をC57が牽いた「はちぶせ銀嶺」のスキー臨客の停車駅時間が気になって悶々としています。

No title

紀勢線の懐かしい情景、ありがとうございます。

前のアルバムと同じ列車ということで、紀伊田辺14:29発和歌山市行325レ(※)だと分かりました。
御坊は16:02着16:10発で、この間にきのくに11号(しらはま2号併結)に抜かれ、白浜行くろしお6号が通過します。

また、くろしお通過時の写真の右端に、御坊臨港鉄道(現、紀州鉄道)が写っています。
よく見ると、車両の前に小荷物を入れる荷台柵が付いた珍しいキハニであることが分かります。

(※)1両目のオハフ61は紀和行サボを付けていますが、紀和で切り離します。


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Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
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