利尻を望むお立ち台にて

国鉄時代の新刊が届きました。今回は北海道の峠越えが特集に、カラーページは抜海駅で交換する貨物の大パノラマがありました。
あれは何処から撮ったのでしょう、私も行きましたが線路際でした。高みから見渡したかったのですが只一度の行き当たりばったりの訪問。雑誌の記事を頼りにしていましたしC57C55客レの時間も迫っていましたので遠くには行けなかったと思います。

そのあと此所へ。それにしても良く歩いたものです。霧島越えの時もですが今では考えられないくらい歩いていました。若さだったんですね。今は「○○さんは歩くからあかんのです」とドクター・ストップです。そう言われても。。。。。複雑です。(涙)

ここは利尻富士狙いでした。今でいう撮り鉄なら誰もが憬れたスチュエーションでした。でも残念ながら列車通過時は山頂に雲がかかりだめでした。
着いたときは頂上まで利尻島全体が見えていましたのにフィルムをけっちって撮りませんでした。9600が通る時に撮れれば良いやと甘い考えでした(笑)
それにしても此所から稚内の駅までどう行ったか全く記憶にありません。それにこの崖もどうやって登ったのかきっと作業道があったのでしょう。 抜海駅からここまでは徒歩で来たことはまちがいありません。しかし帰りこの先バス停のある郵便局までヒッチハイクで行ったのか?まさか徒歩ではあの岬の先までは無理だったと思うのですが、さっぱり思い出せません。

PICT0383v.jpg 稚内へ

PICT0384v.jpg
 これも稚内行き、連続して便があったのですね。 

昭和49年 8月中~末
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
カウンター
プロフィール

郷愁紀行

Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★著作権は放棄しておりません】
2011年1月開始

最新コメント
リンク
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR