読み返したくなる本

今週26日に竹島紀元氏が亡くなられたと記事がありました。
鉄から離れた時期が長かったので鉄道関係はさっぱりご無沙汰でしたが、デジカメで鉄に復帰してからは鉄道3誌よりも写真の大きいレイル・マガジンを手に取るようになりました。
高校時代蒸気機関車の魅力に魅せられズブの素人には鉄道ジャーナルが良い教科書になりました。
有名撮影地や名物列車に乗れなかった学生時代、誌上で開かれる紀行文は私を現地に連れて行ってくれました。
列車追跡シリーズは秀逸のドキュメンタリーでした。その時を写した写真に私は大いに影響を受けました。
そういう絵葉書でない世界が写真にあることを知りました。
そして肝心の竹島さんの紀行文、添乗記録文は映画を見ているように想像力を掻き立ててくれました。
HP、ブログと個人でも発信できる世の中になり、その文章とか写真は知らず知らずのうちに身になってるようです。
今思うに還暦も過ぎこれからの人生、良い生きがいとなりました。
竹島氏の本は氏の熊本機関区での乗務体験記等、豊肥本線に9600はいなかったけど高森へC12を撮影に行った時を思い出だす手掛かりになりました。
合掌
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こちら過去の記事です
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Re: No title

青列車 様 鉄Jは蒸気機関車を知るようになってから毎月買っていました。しかしSLもなくなり記事からSLが減りだしてからはレコード芸術の方へシフトしていってました。
鉄道に関してはミーハーでした。というか、そうです(笑)
ただただ美しい景色と蒸気機関車の迫力に魅せられていました。
そして今は撮り逃した国鉄時代のかっこいい列車を撮ることに魅せられています。

No title

享年89歳…昨今からすれば平均寿命は何とかクリアした…という感覚でしょうか?しかし仕事ではもっと高齢の、それでいて元気な方も知っているだけに、まして一時代を築いた方でしかも!1度だけとはいえ面識があり多少会話も交わしたことのある方の訃報は寂しいものです。
氏とRJ誌には賛否両論もありましょう。まだ故人を評価するのは時期尚早かも知れません。しかしながら…個人的には氏とRJ誌には敬意を表しています。
アレは確か1980年代でしたか?まだベルリンの壁が崩壊する前、ソ連(現:ロシア)が潜在的恐怖と発言した政府要職の御仁がいて物議をかもしたことが有りました。
そして、青函トンネルの記事に関して、その軍事利用に対しての、確か当時の防衛庁長官?栗栖氏の投稿が掲載されていました。
勿論、同誌には非難囂々、読者からクレームが殺到したそうですが、当時私は思いました。
「確かに栗栖氏の論は個人的には必ずしも支持できない。しかし言うまでもなく氏にもまた言論の自由があるし氏の意見・自論を発表する機会は確保されねばならない。誌上で氏の主張に接することが出来たのはまさしくジャーナリズムの王道を行ったものであり掲載した鉄道ジャーナル誌の姿勢は高く評価する」
東夷は私も若造で、また高校時代の友人に左翼系がいたこともあって結構左寄りでした(^^;)
今は当時からするとかなり右寄りです(もっとも自分としては中道に戻った程度だと認識しています)。
その意味では氏は我国では稀有の、気骨あるジャーナリストだったのでは?と愚考します。

末筆になりましたが、故人の遺徳を偲びここに謹んで哀悼の意を表しお悔やみとさせていただきたく存じます。
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Author:郷愁紀行
現役蒸気機関車晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしデジカメを持った途端また写真に目覚めました!CANON:SX110ISから現在はニコンD3200に◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化しては青春時代を思い出しております。ただ大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★お断り★ 著作権は放棄しておりません★ ★ ★ ★ ★ ★】
2011年1月開始

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