香春口から小倉港へ

元日の記事で訂正がありましたので遅くなりましたが、こんなことです=阪九フェリーを最初に書いていましたが、往きは関西汽船で別府に向かいました。その日は別府温泉に泊まり、そして南下して九州一周、そして帰りが夜行の阪九フェリーで帰阪です。
本文はちょっと長くなりますので下のつづきに

PICT1379v.jpg
大分から北上してきましたのでこれは国道10号線でしょうか?ここを右折して。。。。 
次のコマには路面電車が写っていました。ちょっと早切りでした。 ここは金融街ですね。

PICT1380v.jpg
昭和44年秋 小倉
今日の一枚が、 これを良く見ますと大通りを右折しています。その角の喫茶店の名前に 香春口店とあり、これは筑豊地区の石炭、石灰石列車で馴染みになっていた地名ではありませんか(^^)
SL現役時代にはその地に降り立ったことはありませんが何か懐かしく、更に先日の誤表示しました行橋のD51ではなく岩見沢のD51の記事(ノカキク様に訂正頂いた記事)を思い出し
D51が走っていた日田英彦山線と日豊本線の分岐駅の城野がここか?と 地図を見て改めて今頃認識しました。小倉から行橋に行くには線路がこう曲がって横断というか海まで大分あるのだと(^^)

 ほぼ一日おきにように乗っていた門司港発の夜行「みやざき」 小倉からは こういう風に走っていたのか? 小倉駅で撮ったD51も9600もこう通っていたのか? 網の目のように張り巡らせれていた線路。SLがバンバン走って居たときに活きたかった。
この区間での思い出は 2月の寒い時、玄界灘から吹く風で寒くて寒くて震えていた時に車内に入ったら暖房が効き過ぎて、それもスチームでやたら暑くって、何故かアノラックを脱ぐこともせず満席だったので窓を開けられなかったので窓の下に顔を当てすきま風で涼をとっていたのを思い出します。

 九州旅行ではいつもバスの窓側でSLと路面電車を目的にカメラを構えていました。
この時は旅行の最終日、夕刻で暗くなるし電車も来ないし、やけになって線路でもいいやとシャッター切っていました。
当時は「こんなもん撮ってしまった。」と後悔していましたが、今となってみれば時代を写す貴重な写真になりました。

誰もありふれた街の風景は撮りませんからね。 経済的余裕があれば色んな所を撮っていたでしょう(^^)



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Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★著作権は放棄しておりません】
2011年1月開始

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