昔の赤川鉄橋(東淀川区)

本日で人道の歴史が終わると言うことでさぞ現地は鉄以外の方々も集まられ賑わっていることでしょう。
私が蒸気に興味を持ち父にカメラを借り撮りだした頃に始まります。小学生の頃に母方の祖母の親戚の家(淡路)に休みごとに泊まりに行ってました。夜にもなると遠くから鉄橋を渡る列車の音が聞こえてきました。その轍の音で東海道本線の上淀川鉄橋か阪急千里線の長柄鉄橋か、そしてそのゆっくりとした音で赤川の鉄橋を通る列車か楽しみ聞き分けていました。赤川の場合は遅いスピードとD51のそれともD52か、その太い汽笛の音が静寂に響き渡っておりました。まさに今もそれを思い出す度に優しかった祖父母、そして母の姉を思い出します。そんな小さな思い出も赤川鉄橋と共にあります。


以前モノクロで#2, #1と紹介しましたが カラーでも撮っていました。しかしそのネガが何処に行ったのか直ぐに出てきませんおで以前自HPでスキャンしていましたものを加工してご紹介します。
場所は前回と同じ淡路側です。

14:51 D51906 が吹田へ
ajyoak904-1d.jpg


ajyoak904-2d.jpg


15:10 D511045 が吹田へ
ajyak904-2d.jpg

このあと15:35 DD13の牽く貨物が吹田からやってきました。これは当然撮らずでした。今となっては貴重な記録になったのに、でも何といっても当時カラーは扶養家族の身にとっては非常に高価でした。それでもまだ当時福知山線を臨時でC57が福知山から臨時を引っ張ってやってきましたのでそれを撮るためにだきょうして「フジの12枚撮り」を買いました。それだけ貴重だったんです。ハイ、それなのにそのネガは何処に行ったやら(涙)


15:59 D51319 が吹田からやってきました。それにしても何にもありませんね、あのタクシー会社の看板が、でも今と会社名違いますね? 目の前に畑?今はマンションやら。。。 40年経てば。。。時代の流れですね。
ajyak904-3d.jpg


ajyak904-4d.jpg

16:20 C58118単機 吹田へ(メモが正しければ整備に行ったのでしょうか?
C58が通るなんて想像もしませんでした。C58は天鉄管内だけと思っていました)
この少年達も今日はこの橋を想い出していることでしょう?
ajyakt-1d.jpg
 
昭和45年(1975)8月6日 赤川鉄橋北詰

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Author:郷愁紀行
現役蒸気機関車晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしデジカメを持った途端また写真に目覚めました!CANON:SX110ISから現在はニコンD3200に◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化しては青春時代を思い出しております。ただ大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★お断り★ 著作権は放棄しておりません★】
2011年1月開始

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