好きなフレンチポップス流れてます

至急 今NHKで フランソワーズ モレシャンさん
元気に話されてます。現状の若いフランス・ミュージシャンのことも、フランスも結局昔の歌手たちの歌をリスペクトして歌っているそうで、でも本家のような歌に力がないと、そうかもね。
昔のめり込んでいました=ポールモーリアで聞いていた曲のオリジナルが、でもやはりポール・モーリアのアレンジの方が曲の本質を描いてますね😊
好きな曲がわんさか!!!  23時までです。
こちら
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60s,70s,Pop Music

TVも飽きたのでRadikoに繋ぐと”オールナイト・ニッポン”今晩は懐かしの曲がかかっていました。よく聞いてみるとCDの宣伝&制作話し。テーマは「DJ糸居五郎 黄金のレイディオ・ヒッツ ゴー・ゴー・ゴー!」がVol.1からVol.3」
12月27日(水)にワーナーミュージック・ジャパンより発売されたようです。

よく聞いた曲がCDになっていました。今までのコンピCDとはちょっと選曲が違って良いようです。ここは当然糸居五郎さんの現場のヒット曲ばかりですから活きています。CD製作者の話を聞けば版権で苦労されたとか、何しろ50年前ですからアーティストも。。。。
そうか50年経ちましたか、私もねぇ。。。。(笑)

当時の業界紙 CASH BOX、 BILLBOARDDのヒット曲です。私も何が外国でヒットしているかそれを楽しみにして聞いていました。
ただ私はポール・モーリアの影響もあって元歌を聞きたくなってフレンチ・popsにものめり込んでいきました。それはアメリカ、イギリスにないおしゃれな、& ロマンチックな曲が多かったからです。 例えば My Way を作ったクロード・フランソワ、日本でのヒット曲は少ないけどミッシェル・デルペッシュ、 ポルナレフは聞かなかったけど(笑)

とまぁ、今晩は懐かしの曲を聞いてのブログとなりました。(^^)

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ポール・モーリア初来日は1969年

1970年大阪万博が高校生だった頃、ちょうど深夜放送にのめり込んでいました。大阪ではラジオ大阪が「大阪オールナイト夜明けまでご一緒に」を午前3時から5時までやっていました。火曜日が笑福亭仁鶴、金曜が西条ロックと横山プリン、この2組は必ず宵寝をして聞いていました(^^)面白かったなぁ、お笑いとエロが基本でしたから、その中で人生の先輩のお話があったりして、ラジオに集中してしまい試験勉強はさっぱりでしたが(笑) そして放送が終わって
夜が明ける頃に ボーォと蒸気機関車の汽笛が聞こえてきました。 ある時この音を録音して、その郷愁を誘う人間の心に響く音色に魅了され、そしてそれだけでは我慢できなくなり写真を撮りだしました。それからですどんどんSLに嵌り込んでいったのです。昭和44年の夏でした。
ここから話はちょっと飛びますがその頃小遣いを貯めて買ったレコードが、ポール・モーリアです。なぜポール・モーリアか? ここで仁鶴氏の深夜放送が出て来ます。 この仁鶴さんの時の番組テーマ曲が ポール・モーリアの「この胸のときめきを」 でした。
プレスリーやダスティー・スプリングフィールドのヒット曲です。 これをポール・モーリアのレコードで番組のオープニング・テーマでかかっていました。これは誰の演奏家?気になって仕方ありませんでした!! しかし当時のヒット曲ですので歌ものしかラジオでかからず全く分からじまいでした。でもある時何処かのラジオでこの演奏がかかっていました。そしてやっと演奏者の名前が分かりました。そしたらなんだ「恋はみずいろ」で有名になったポール・モーリアではありませんか。
一度お聞きになられたら分かると思いますが 実にしっとりと思いやりのある演奏です。「恋はみすいろ」は当然ヒットしていました。でも私には 「この胸のときめきを」でした。 ポール・モーリアの音楽が時代に合って世界中にヒットし認められていった頃でした。その音楽は斬新で実に活き活きとしていました。それからです彼の演奏をも求めてエアーチェックしまくりです(^^)そしたら他の曲もオリジナルの歌よりも良いではありませんか(^^) 初来日が決まった時の喜びと言ったらもう何と申しましょうか天にも昇る気持ちというのでしょうか?もうそれからの。。。。は、

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どなたかがこのレコードを動画でUPされています。 改めて聞かせて貰いましたがこの頃まででしょうかね、オリジナルのアレンジが活かされていたのは。後年何度か同じ曲をアレンジし直されていてCDを買う度にガッカリしてました。その時代に作られたという その時代の鮮度、活きが時が変わると違うモノになっていくんですね。最初聞いた第一印象が違うとガッカリしました。 チケット入れの袋、 「協同企画エージェンシー」となっていますね。そこの住所まで良い席を取るために事務所まで探して買いにいきました。

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私のクラシック音楽変遷記 1

強い台風接近で強風と強い雨が降り出しました。朝は台風の影響があるかと思っていましたが雨も降らず空振り状態で時折強風が吹く程度でした。 「北びわこ号」も結局は走ったようで湖北地方は何事もなかったようです。ただC56の梅小路への帰りはどうなったかと気になっています。
昨日今日と家でおとなしくしておりましたので鉄ネタもありませんので書いては消していた原稿より、他愛もない一文を(^^)

 この夏お盆の週にNHKFMでストコフスキー関連の番組が2本も放送されました。いずれも”ファンタジア”が話題に、それは私がクラッシク音楽を聞くきっかけとなった映画でした。
ウォルト・ディズニーが第二次大戦前にミッキー・マウスを主人公にしてクラッシク音楽を題材にアニメ映画を制作していました。
この映画を観たのは高校一年の時もう50年以上も前の話です。大阪は梅田新道の国道一号線と御堂筋が交わった交差点北側あったお初天神の裏側にあった大映映画館です。そこは当時としては珍しい”シネラマ”もどきの大スクリーンのシネマスコープで当時としては珍しい映画館でした。
そこでディズニーのクラッシク入門映画”ファンタジア”が上映されていました。 この映画が製作されたのが1940年代で、カラー(総天然色)で、しかもステレオで録音されていた事に驚きました。まだレコードもモノラルが当たり前でクラシックなど疑似ステレオなんてものが堂々と売られていた時代でしたから更にその何十年も前にステレオで録音されていたなんてさすがアメリカと感心したものです。
詳細はレコードに、または音楽誌もしくは映画誌に載っていましたが今となっては裏覚えになりますので間違いを活字にするとそれを読んだ方に間違ったまま記憶されても何ですので省きます。
このレコードは初めて買ったLPレコードですので手放せずにずうっと大事に残しています。当時何度も聞いたものです。”魔法使いの弟子””春の祭典””時の踊り” そして田園交響曲、田園はストコフスキーのアレンジが少し入っているようですが入門者としては聞きやすいものでした。 あれから何十年と田園も指揮者によってこんなに違うものかと、一番、否、もっとも落ち着く曲の類になりました。


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aIMG_0024s.jpg - - - - aIMG_0025s.jpg これはその後クラッシク好きになり少ないお小遣いで買った17cm盤のレコードです。 ドイツのヨーゼフ・カイルベルト指揮バンベルク交響楽団、フルトベングラーが亡くなったあとベルリン・フィルの常任指揮者をカラヤンにするかカイルベルトに。。。。。でもちょっと地味でしたからカラヤンはカラヤンでその後音楽界に功績を残したのですから私も好きな指揮者で何枚もCD買いました。安くなってからレコードはレギュラー価格なので学生にはとても買えませんでした。もっぱらエアーチェックばかりでテープに録音していました。そのおかげでブルックナーもマーラーも知るようになり今も何かあれば聞くようになりましたから大功績です。(^^) 

好きだったミシェル・デルペシュが

今日久し振りにお気に入りに入れていたサイトを除いて驚きました。ルゼルの情報日記さんです。
その中の過去記事にミシェル・デルペシュが2015年1月2日に69歳(咽頭がん)亡くなってられたという記事を見つけて驚いています。ちょっとショックです。その綺麗な旋律と歌声を思い出すに胸が締め付けられます。お盆に知るということも。。。。。
いま彼の音楽を聴き直しながら書いています。ミシェル・デルペシュは皆さんご存じかどうかわかりませんが1968年~1970年代 フレンチポップスが流行っていた頃に好きになり良く聞いていました。
当時はポール・モーリアが当時のヒット曲をオーケストラ・アレンジしたレコードが大ヒットしていました。そのレコードから本家の歌にも興味が湧き元歌を聴いたものです。でも残念ながらオリジナルよりもポール・モーリアのアレンジの方が格好いいんです。その曲の本質というか真髄を極めているというか、ただこれも1970年半ばまでで。。。。。。どれだけ本物を聞いてがっかりした事か、それはさて置いて 
ミッシェル・デルペッシュの音楽はそんなことなかったです。本家もGOODです。声がまた優しく歌に合っているのです。

レイモン・ルフェーブル楽団でヒットした”哀しみの終わりに”が日本では一番有名でしょうか?何度も聞きましたね、今はどこもここも美しい旋律の歌がなくって。。。。彼のアルバムの伴奏もレーモン・ルフェーブルだったんでしょうか?そんな気が♪
他のヒット曲は”ワイト・イズ・ワイト” そして”青春に乾杯”です。
詳しくは過去記事にて、
それに今や動画の世界は幅広く1950年から1960年代70年代の放送テープがUPされているので知られざるパリ、ロンドン、ベルリンローマ、の放送局の音楽祭や音楽番組が見られます。レコードでしか知られなかった贔屓のアーティストが聞け、見られてうれしいです。青春時代でしたからね。 蒸気機関車と音楽でしたね(^^)
お気に入りが ⤵
Je Penso a Toiこれは途中で終わっていますが雰囲気が胸きゅんの旋律の歌です。
*Je Penso a Toiこちらはフルで。
*Les Divorces
*Les Divorces この伴奏は姿形 手の降り方といいあの歩き方といい、レーモン・ルフェーブルと思います。それに同じレコード会社だし、そんな気が。(笑)
*Le Chasseur =*音量ご注意ください
恥ずかしながらフランス語は分かりませんがその旋律と歌声に癒されております。
忘れてました これが最高! Michel DELPECH NOUS N'HABITONS PAS ENSEMBLE
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郷愁紀行

Author:郷愁紀行
現役蒸気機関車晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしデジカメを持った途端また写真に目覚めました!CANON:SX110ISから現在はニコンD3200に◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化しては青春時代を思い出しております。ただ大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★お断り★ 著作権は放棄しておりません★ ★ ★ ★ ★ ★】
2011年1月開始

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