昔の時刻表から思い出を

長門市のD51写真からコメントを頂きありがとうございました。もう少し話を広げてみます(^^)
山陰本線と言いますと私には京都から出る線を真っ先にイメージしてしまいます。でもSL定期があった頃は私自身の環境が許されず撮りに行けませんでした。 斜め光線で色彩の濃い早朝の通勤列車が撮りたかったです。そんな無念を晴らす意味で、同じ山陰本線は西の端で望みを叶えます(^^) 写真は過去ログで既発表しておりネタがありませんのでこんな画でお茶を濁させてもらいます。(^^)

03山陰浜田下 鉄道弘済会発行S48年3月号

毎時のD51牽引の下関行き、周遊券の範囲が下関まであればもっと好きな構図の写真が撮れたのになぁと。。。。。
当然夕方以降の夜の帰りの列車も同じ本数だけ出ていましたね。
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山陰本線長門市にてD51客レ

話題の瑞風が今夕出雲市を発って山陰本線周りで京都大阪に戻るとか、夜行列車就行を記念して過去記事とダブりますが再掲載させてもらいます。
ただ山陰本線の夜行といっても夜行列車には短い距離なので昔も今も途中駅で運転停車をして時間調整するのではないかと思います。
国鉄時代にあった周遊券で山陰の場合は夜行が急行「さんべ3号」でいつも米子発21:48→長門市03:54着の西行きばかり利用していました。東行きは時間つぶしに無理があったのか利用していません。理由は思い出せませんが時刻表を見れば分かるかと。もう40年以上昔になりましたものね。アンチエイジングで頑張らねばなりません!

 過去ログのこの一番列車が行った後 2番まで30分程ありますので町外れの海の見える鉄橋まで歩きました。これが早朝夜行明けの浜田長門市での定番コースでした。といっても2回だけですが、周遊券の有効範囲が下関まであれば下関発の夜行にも乗れてもう少し幅広い余裕のある撮影ができたのですが宿をとらずに夜行ばかり利用するとなると限られてしまいました。


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ちょっと気になり拡大してみました。機関車の車番にサボ無理でしたね、ネガはこれをスキャンした時よりももっと退化していると思います。経年経過に強いのがコダックだなんて当時認識ありませんでした。とりあえず今見れたら、先の事は知らず値段優先でした(汗)

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q632v.jpg 自分が録音したSLの音にしろ写真にしろそれを見れば頭はその時に戻っていす。昔は良かったなぁって。 年寄り臭くなりました(笑)

昭和49年 5月23日 浜田市 長門市 すみません何を考えていたのかボケてしまってました(-_-;) 時刻まで書いてるのにそれも気づかず。あ~お恥ずかしい。

再掲:腕木信号に小さな踏切(折居)

佐倉様の特別なトワイライト・惣郷川橋梁遠望: 海から見た列車に刺激を受けまして (^^)
 過去ログをリメイクしてみました。
拡大しましたら腕木信号が見えました。そして右側には国道から海辺の集落への道へ続く踏切が見えてます。
思い出しました。国道で下り貨物を撮った後この踏切を渡って砂浜に出てそして防波堤の先に行き陸を見ました。
たぶんこの右手このカットの先に駅があるのでしょう。進入信号も予告信号もありますし この浜辺を歩いて行くと駅だったような。

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1979/05/23 折居
しかしです G・マップを見てみますと私が撮っていたはずの海へ出た凸した岩場が写真にはありません。これは浸食されたのか? それとも基本的に場所を間違えているのか?

関連ページ そのー1
         そのー2この2に撮っているのは凸岩は下関寄りになるはずで、ならばその向こうのカーブの先にあったであろう岩場で撮っていたのか? 
  そしてそのー3 これが今回UPしました分の元画像です。 そうやって見ていると色々疑問が湧いてきました。本来現地に行けばよいのですが、でも果たして見つかるか? そんなん考えたりしているともう1時間も経ってしまいました(^^) ある意味忘れるって良いもんですね?(笑)

D51753 発車待ち(下関)

ほっと一息過去写真でおくつろぐを(^^) しかし今回は 気持ちよくご覧になれないかも(笑)
カメラ一台で撮影旅行しておりましたので カラーで撮りたい場面と白黒で撮りたい場面がありまして、そんな時 迷いをふっきってカラーに、そしてそのまま36枚最後まで撮りました。でも白黒は途中で引き抜いてカラーに。勿論暗がりのベンチで鞄の中にカメラを入れて真っ暗にして手探りでフィルムを抜き取ります。勿論この時最後の爪は残しております。そしてカラーが終わればソレを装填し直します。ここで空回しのカウントを間違うと偉い目に合います。何度かはこれで成功していたのですが、。。。。
これは長門市から到着した列車でしょう。 地上にある操車場へ降りていくのでしょう。一度下関で早朝駅外へ出たような気がするのですが、何かのTV画像とごっちゃになって記憶しているのか?はっきり思い出せません。それだけに写真が残っていて欲しかったです。


b71vv.jpg  b71vv2.jpg

b75xx.jpg

このネガは写っているのが油須原と山陰本線の下関、そして被っているのが 室蘭本線の登別駅 C5757の発車が二重写りになっていました。 ただ山陰線の最後と田川線の最後は同じでしたっけ? 九州最後の春を撮って、現像に出さすカメラに装填したまま北海道へ行った筈。でも。何故ダブるのか?では一度抜いて再装填する時にカウントを間違えた?
C5757のまだ、見られる部分です。 非常に残念なのは鉄道誌にもネットにも下関駅の写真が少ないので この発車風景が残っておれば非常に懐かしく思い出せましたのにと悔やんでおります(涙)
下関 昭和49年5月~6月の SOMEDAYです。 そして同年8月中旬~ 登別

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梅雨空にD51客レ

雨の多い山陰地方、なのによりによって梅雨直前に撮影しに行ってました。
まぁ大学行事があり休講やらで、授業があっても自主休講にしてSL大事しておりました(^^)
これの続きと思います。何しろ36枚の最終コマ 1コマだけが連続してスキャンしていた時に外れ1枚を違うネガ袋に入れてしまって。。。

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 ↓ 上の写真ゴミやら傷がありましたので、それをカットして拡大しました。でも元が元なので緩いネガになってしまっていて。。。。

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1974年(昭和49年) 5月22日~月末のいつか、そして山陰本線西部 大阪発の山陰周遊券の範囲どこかです(^^)
どこなんだろう?全く思い出せません(--)
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郷愁紀行

Author:郷愁紀行
蒸気機関車現役晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしPOWERSHOT:SX110ISを持った途端、また写真に目覚めました。現在はD3200も◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化して青春時代を思い出し息抜きしております。ただ*大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★著作権は放棄しておりません】
2011年1月開始

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