夜の帳が落ちてのC58(和歌山)

紀伊田辺から鈍行に乗ってやっと和歌山に着きました。そして和歌山市行きを見送り今度は逆のC58の牽く紀伊田辺行き各停を撮影です。
ピンぼけの多い写真の中でよくぞこんなに綺麗に残ってくれました。(^^)
折角綺麗に写りましたのに一期一会といえお渡ししたかったです。当時は金銭的にも余裕がありませんでしたのでそれっきりになってしまいました。そんなことは数え上げたら切りがありません。ほんと皆さんにお世話になりました。良い風にいえばシャイでしたのでお礼もお声掛けも出来ませんでした。まだまだ子供でした。

これもお気に入りの一枚になりました。
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ホーム番線と時計の針を出そうとしたのですが露出が無理でした。
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時系列これが先ですので到着と同時に買い出しのおばちゃんでしょうか?どっと乗り込むように見えます。機関士さんが後を向いて確認、この風景まるで映画みたいです(^^)C58267に見えるのですが、それならS46/3/31の配置表では亀山ですが。。。。

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これは中線に停まっているので貨物でしょうか?どっち向いているのか背景が駅舎なら南向きでしょうか?

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これはなんとか読めました。 C58354 竜華 (S46/3/31)

昭和46年3月 和歌山
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C58が居た夕暮れの和歌山駅

前回の紀和行き各停つづけます。
列車は和歌山に到着しました。私は下車して紀和行きの終着まで一駅の記録です。訪れたこの頃はまだ東和歌山駅のイメージが頭に残っていました。昭和44年に 和歌山駅に改称されたようで中学時代見ていた時刻表や地図には東和歌山の名前があったからそう思い込んでいたと思います。でも現場は電化を目前にして和歌山駅が当たり前に私も新しく認識です。これは今の今まで東和歌山の名前だけがこびり付いていて今回改めて本「消えた駅名」講談社α文庫 今尾恵介著を繰って納得です。
尚 旧和歌山駅は何処かは。。。? 左の端にズームカーが写っていますね、これも? 列車番号も旧和歌山駅も未だ調べてません(汗)
C58234が牽いてきた列車は終着紀和駅に向け発車です。 都会の帰宅時間、通勤通学の人が沢山乗り降りです。

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昭和46年3月 和歌山  このあともう 1列車 C58の各停を撮って引き上げました。

御坊に湯浅C58各停が待避す

久しぶりにアーカイブでお茶します(^^) 先日いただきましたC5788様のコメントのブログに刺激を受けまして未整理のファイルを繰ってみました。 
稲原、和佐、道成寺の先になります。紀勢本線紀伊田辺からの帰り和歌山方面行です。撮影は昭和46年3月ですので時刻表も残していなくて何処で何時何分にどうのこうのか分かりません。ですから列車番号はお許しを。何しろ昔の時刻表は高価になってますしそこまでしてと思っておりいます(笑)

それにしてもこのC58デフとデフの間が広いですね、真ん中にちょこんと真ん丸な罐蓋があって、子供の絵本みたいです。福知山線のC57ばかり見ておりましたのでこの天鉄局のC58にはちょっと見栄えがなぁと、あまりテンションが上がりませんでした(^^) 後年石北本線でのC58は景色もあるのでしょうが格好いいなぁと思ったりしました。この時代の関西圏のC58は排気音にしてもドラフトにしても写真写りが今一つ物足りなかったですね。(笑)通勤通学や生活に密着した列車を運転していたので生活感がありました。でもこれも京都山陰本線のC57ならまたC57に生活臭を感じたのでしょうかね?あ~撮りに行きたかったなぁ、京都は高校生の身にはお金も時間も遠かったのです。(笑)

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給水ホースが屋根を割ってあるびですね、御坊は観光名所もあり多客時に備え長列車用にホーム屋根も延びていたのでしょうね。今は高速道路も出来て全国何処も同じ傾向で列車利用も減ってしまったようです。


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天王寺行のDC急行に抜かれます。当時はあんな満員の列車に乗っていくなんて、こっちはガラガラで好きなところに座れるのに、なんていつも思っていました。

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こんどは下り特急が横を走っていきます。
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そして湯浅に到着、また長めの停車となりました。窓が開いていますね、ここに座って前方のC58を撮っていました。寒かったろうに窓を開けぱなしで汽車の音を楽しんでいました。(^^)

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このあと和歌山まで乗っていきました。その和歌山での撮影はこちらに続きます。
昭和 46年 3月 御坊、湯浅 C58234

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C5756紀伊田辺の主力機

カラー化続けます。
今も変わらぬ真夏のくそ暑い日でした。(笑) 早起きして天王寺へそして和歌山線は王寺からC58の牽く525レで和歌山市へ、そして紀勢本線を南下、岩代を通り過し終着駅紀伊田辺へ向いました。
熱気むんむんの機関区、乗ってきたC5756が次仕業に備えて給炭と給水です。 この暑い季節になりますと石炭の匂いと汗が懐かしくなります。そうそう写真を見るたびに蒸気機関車のコンプレッサー音や安全弁から吹きあがる蒸気の音が、そして入れ替え作業中の貨車や機関車の合図が耳の奥で蘇ってきます(^^)
(この頃はまだ好意的で見学許可もおりましたが翌年行った時にはもう何処も見学禁止で真面目な者が割を喰いました)

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1970年(昭和45年)7月23日 元画像こちらに。今回もカラー化成功です。 長生きはするもんですね(笑)

海岸縁をC57客レが南下(冷水浦)

外出できませんので今日も過去写真より、 そして行けませんが”南紀トワイライト”を祝して(^^)
紀勢本線は和歌山の先 海南と下津の間にある冷水浦、小さな漁港で。というかでした。高校の勉強を疎かにして休日に和歌山へ、いつもの岩代は遠すぎて行けませんので海の見える最初の地で”蒸気と海”(^^) この日はやたら風が強かったとメモが、駅はこの汽車の先を曲がった所にあったと? 隣の海南の石油コンビナートの近代的な風景と一緒に撮りたくなかったので見えないところを探して海岸に出たようです。C57なのですが遠すぎて何号機か分かりません。集煙装置付きといえば5756でしょうか? 借り物の一般家庭仕様のカメラでは無理なようで(涙)

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ネット地図で確認しようとしましたがそれらしき場所が? 微かに憶えているのは冷水浦の駅を降り沖に見える堤防からこちらを向いて撮ろうと思った筈です。 でもネット地図を見ましてもそんな地形が? 悩みます(笑)
昭和45年(1970)11月06日 10:09 1134レ 冷水浦

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Author:郷愁紀行
現役蒸気機関車晩年に九州、北海道と夜行列車を定宿にひたすらSLを追いかけてました。しかし全廃で鉄道への興味も薄れ、JR化と家庭を持ったことで更に遠ざかりました。しかしデジカメを持った途端また写真に目覚めました!CANON:SX110ISから現在はニコンD3200に◆国鉄ノスタルジーをメインに過去の撮り貯めた写真をデジタル化しては青春時代を思い出しております。ただ大半のメモを紛失してしまい、あやふやな記憶でデ-タ-を書いておりますので正誤の程はご寛容に(^^)
【★お断り★ 著作権は放棄しておりません★】
2011年1月開始

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